9・12 vol13

*影になって*

いろんな天気が唄の中に盛り込まれるけど、
霧っていうのは、やっぱりロマンティックな演出だ。
霧が立ち込めているだけで、
何かドラマが生れてきそうだもの。


最終電車が通り過ぎてゆく音の余韻の中、
ドーナツ屋の薄いコーヒー片手に街を歩く。
街路樹たちが、不思議な影の陰影を映し出し
果てしもなく続いてゆく。
ひとりでいるけど、霧が私を包んでくれるから
ぬくもりさえ感じられ、
コーヒーのように冷え切ったこころも、
やがて癒されていくだろう。
ぼんやりと次のドラマを予感しつつ
彼女は夜の闇の中へと吸い込まれていく。
そんな内容のユーミンの詩は、
私にあの霧の夜を思い出させる。


それは、めずらしくとても霧の深い夜だった。
一生のうちそうそうおめにかかれるものじゃないから
わたしは、何だかもったいない気がして
その光景を目に焼き付けておきたかった。
本当に1メートルぐらい先までしか見えなかったから、
こんな夜に出歩く人などいないだろうなと思いつつも・・・。

一つの恋が終わり、少し自暴自棄になっていたせいもあり
別になにに恐れることなどもなく歩き始めていた。
むしろ誰かにあったとしても
私であることがわからないからおあつらえむきじゃないって。
わたしは、いつも見なれた景色とは違うその街の中を
とぼとぼと歩いた。
ただあてもなく、ひたすら歩いていた。

街路灯の光がなんとも言えない空間を作り、
その中に一匹の小犬がいた。
道に迷ったのか・・・いや、おそらく捨て犬だろう。
首輪は外されていたが、ついていたあとがある。
くんくんと鳴いてはいたが、私を見ると
ややおびえたような表情をしていた。

「おまえもひとり?」
声をかけたが、答えてはくれない。
灯りの中で、お互いに牽制しあいながら見詰め合った。
なんだか不思議だった。
まるで自分自身の姿を見ているような感覚にとらわれた。
こいつもついきのうまでは、誰かのそばにいて
ぬくもりを感じていたのだろう・・・。

そう思うと、たまらなく愛しさが込み上げてきた。
一緒に連れてかえりたかったけど、アパート暮しじゃ
そうもいかない。
しばらく、そいつを眺めていた。
そいつもまた、離れがたかったのか
くるくると電灯の灯りの中を廻っていた。
やがて・・・大きく息を吸い込んで
そのちびにこういった。

「ごめん。お互いに強く生きよう!
どこかで拾ってもらえるよう祈ってるから・・・ね」
頭の一つもなでてやりたかったが、
情が移るといけない。
きびすを返した。
やつも、少しさみしそうなそぶりで、
私を見つめた後
どこか違う方向へと歩いていった。
二人とも霧のなかに吸い込まれていった。

そうして、どのくらい歩いたかはわからないが、
気が付いた時には、アパートの部屋にたどり着いていた。
やつのことは気がかりだったが、
あんなやさしい瞳をしていたから
きっと誰かに拾われて
可愛がられるだろうと確信していた。
こころなしか気分は晴れやかになった。

次の朝のまぶしさは、
まるであの霧が夢だったような錯覚さえおこさせるほどで、
恋の痛手は、昨日の霧のように消えていったのだと
陽の光が私に語りかけているようだった。
あのちび犬もどこかで、この陽の光を浴びてるんだろうな
と思いつつ。